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盛岡城跡公園
(岩手公園)

 Morioka castle Site Park
 (Iwate Park)

岩手公園の石垣の写真

DATA 
所在地 盛岡市内丸1番37号
計画決定年月日 昭和31年5月14日
計画決定面積 9.9ヘクタール
開設年月日 昭和31年10月15日
開設面積 9.2ヘクタール
指定管理者 特定非営利活動法人 緑の相談室
>>指定管理者の公園案内ホームページはこちらから
 

■あらまし
 盛岡城は,要害の地である北上川と中津川の合流地点に位置した丘陵地を利用して築いた城で,盛岡南部氏20万石の居城でした。南部26代信直が1597年(慶長2年)に鋤初め(すきはじめ),翌1598年(慶長3年)に豊臣秀吉より正式に盛岡城の築城普請を許可され,築城工事が進められました。
 盛岡城跡は,1874年(明治7年)の廃城後,陸軍省用地となっていましたが,1890年(明治23年)に南部家に払い下げられました。
 1906年(明治39年)に岩手県が南部家から貸与を受け,城跡を中心に整備しました。
 設計施工の指導者は日比谷公園設計に関与した長岡安平があたり,1906年(明治39年)9月15日に『岩手公園』として開園しました。
 1934年(昭和9年)に岩手県から盛岡市に移管され,1937年(昭和12年)には国指定史跡となりました。
 2006年(平成18年)には,開園100周年を記念して,愛称を『盛岡城跡公園』と決定しました。
 公園では,風格ある石垣とともに様々な花木が四季を彩っており,イベント・レクリエーション・憩いの場として広く市民に親しまれています。
■盛岡城跡公園のあゆみ
年号 西暦 できごと
慶長2年 1597年 南部利直を総奉行とし,盛岡城築城の鋤(鍬)初めを行う。
慶長3年 1598年 盛岡城築城が正式に許可される。
寛永10年 1633年 南部重直盛岡城へ入城。(これより歴代藩主居城となる。)
慶応4年 1868年 戊辰戦争,盛岡藩破れる。
明治元年 1868年 盛岡城跡が国の直轄に属する。
明治4年 1871年 廃藩置県,内丸広小路に盛岡県庁がおかれる。(現岩手県庁)
明治7年 1874年 城内建物払い下げ・取り壊し。
明治39年 4月14日 1906年 荒廃していた盛岡城跡を,岩手県(北条元利知事)が公園として整備に着手。
明治39年 9月15日 1906年 岩手公園開園。
昭和9年12月 1日 1934年 管理が岩手県より盛岡市に移管。敷地は南部家より買収。
昭和12年4月12日 1937年 盛岡城跡が国指定史跡となる。
昭和31年5月14日 1956年 岩手公園として都市計画決定。
昭和31年10月15日 1956年 総合公園として開設。
昭和59年 1984年 盛岡城跡保存整備事業として石垣解体修理と発掘調査に着手。
平成元年 1989年 日本の都市公園100選(公園緑地協会)。
平成18年4月6日 2006年 日本100名城(日本城郭協会)。
平成18年9月15日 2006年 愛称を『盛岡城跡公園』に決定。
平成18年10月27日 2006年 日本の歴史公園100選(都市公園法施行50周年等記念事業実行委員会)

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■園内スポット
盛岡城の石垣
 盛岡城の石垣は打ち込みハギ積式の石垣が主体を占めていますが,石と石の合端の状況から乱層積と整層積に分けられます。 
 長い年月の風雪に耐え美しく重厚なたたずまいを見せている石垣が次第に痛み,崩れる心配がでてきました。このため,石垣の詳しい調査を行い,石垣総面積約 1万平方メートルのうち,傷んでいる約 5千平方メートルを解体・復元する作業を1984年(昭和59年)から行っており,現在も事業が進められています。
 盛岡城は「日本100名城」(財団法人日本城郭協会のページへリンクします。),「日本の歴史公園100選」(歴史公園ネットワーク研究会のページへリンクします。)に選定されています。
ウメ林
 ブンゴウメ,シダレウメ,白梅など,約100本のウメが4月上旬まで咲きます。
鶴ケ池・亀ケ池
 盛岡城の内堀跡で中津川から水を引いています。桜山の鳥居を挟んで,西が「亀ケ池」,東が「鶴ケ池」と名付けられています。
 5月には鶴ケ池の藤棚,7月になると池を取り囲むアジサイが満開になります。 
多目的広場
 もりおか環境緑化まつりやサツキ祭りなど,様々なイベントを行っている広場です。
ビクトリアロード
岩手公園のビクトリアロードの写真 ユリノキの大木の並木と美しい中津川のせせらぎに包まれた小道。ビクトリア市と盛岡市の姉妹都市10周年を記念して名付けられました。
ホタルの里
 鶴が池から中津川に注ぎ込むせせらぎです。カエデ林に包まれたせせらぎは落ち着いた空間を形成しています。
時鐘(日影門外時鐘)
 時鐘は,もともと外濠(現在の盛岡中央郵便局裏)の土手にあったものを,明治維新後に現在の位置に移したものです。
 南部29代重信の時代に,その子行信の発願によって,1679年(延宝7年)に京都から釜師として迎えられた小泉五郎七清則の手によって鋳造されたものです。
 1955年(昭和30年)頃まで約280年に渡って盛岡の人々に時刻を知らせ,生活の調べとして親しまれてきたものです。
 1967年(昭和42年)6月24日に市の指定文化財になっています。
桜林
岩手公園のサクラの写真 ソメイヨシノ,サトザクラ,エドヒガンなど約200本の桜が4月下旬から5月上旬まで咲きます。
バラ園
 西洋庭園風に整備されたバラ園には数十種のバラが植栽されています。6月中旬頃から8月頃が見頃です。
芝生広場
 中津川よりに位置する芝生広場は,ヤマボウシやハマナスなどの様々な花の咲く樹に包まれた開放的な空間で,家族で憩える空間です。
 宮沢賢治詩碑や,姉妹都市であるヴィクトリア市から贈られたトーテムポールがあります。
花壇
 県立図書館前の花壇。百種類を超える草花が一年を通して咲き誇ります。
 毎日の維持管理がボランティアクラブ(園芸クラブみどりのページへリンクします)の手により行われています。
彦御蔵(ひこおくら)
 城跡に残る唯一の蔵。内部を二つに仕切り,参勤交代の道具蔵として使用されていたと推測されています。
 木造2階建の土蔵造りで,外壁は漆喰塗り仕上げ,屋根は野地板の上に土を塗り,その上に木造屋根組を行う二重構造で,以前は瓦葺きでした。出入口は両開きの漆喰戸で,その内側に片引板戸が2枚ついています。外側の板戸外面は漆喰塗り仕上げとなっています。
 建築面積は180.25平方メートル(54.5坪)。
四阿(あずまや)
 1906年(明治39年)に盛岡城跡公園が開園したとき,園内には8棟の四阿が建てられ,それぞれに景観や自然,情緒にちなんだ愛称が付けられました。このうち,当時の場所に現存するのは次の6棟です。
 ・夕陽亭(本丸西側)
 ・凌霊亭(天守閣跡)
 ・枕流亭(淡路丸下梅林)
 ・望岳亭(二ノ丸西側)
 ・双龍亭(公園広場)
 ・拾翠亭(三ノ丸南側)
次の2棟は,石垣修復工事や老朽化等により取り壊されました。
 ・観月亭(淡路丸大櫓跡)
 ・聚芳亭(バラ園内)
その後,二ノ丸東側と吹上門跡付近に各1基新設され,現在園内には計8棟の四阿があります。
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■文学碑
石川啄木歌碑
「不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心」
 1955年(昭和30年)10月建立。
 歌碑がある岩手公園の「二の丸」は,啄木が学んだ中学校のすぐ近くにあたります。 啄木は,ときおり教室から逃げ出し,ここで文学の夢を結びました。
 歌碑は,南部藩士邸の庭石だったといわれる自然石に,方形の銅板の碑がはめ込まれたものです。
新渡戸稲造文学碑
「願わくはわれ 太平洋の橋とならん」
 新渡戸稲造博士生誕100年を記念して,1962年(昭和37年)9月に二の丸に建立。
 新渡戸は10歳まで鷹匠小路に居住し,岩手公園で遊んだことにちなんで,この公園に設置しています。
宮野小提灯句碑
「月待つや 独り 古城の松のもと」
 句集「矮鶏」中「蓑虫」編の一句として,1941年(昭和16年)の太平洋戦争が起こる直前の作品。門下生達により,1951年(昭和26年)11月に吹上御門脇に建立されました。
宮沢賢治詩碑
「かなた」と老いしタピングは
杖をはるかにゆびさせど
東はるかに散乱の 
さびしき銀は声もなし

なみなす丘はぼうぼうと 
青きりんごの色に暮れ
大学生のタピングは 
口笛軽く吹きにけり

老いたるミセスタッピング
「去年(こぞ)なが姉はここにして
中学生の一組に 
花のことばを教えしか」
弧火燈(あーくらいと)にめくるめき
羽蟲の群のあつまりつ
川と銀行木のみどり 
まちはしづかにたそがるる
 賢治の死期迫る1カ月前の1933年(昭和8年)8月22日の日付のある文語詩百編の中の一詩で,「賢治の詩碑を岩手公園に建てる会」により,1970年(昭和45年)9月に建立されました。
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■彫刻・モニュメント
南部中尉像台座
 南部42代利祥(としなか)が24歳で日露戦争において戦死し,その功によって,功五級金勲章を受けたことを顕彰する像で,1908年(明治41年)9月に建立されましたが,銅像本体は1944年(昭和19年)に軍需資材として撤去され,現在は台座のみが残されています。
教育の像
 笛を吹く生徒と,それを暖かく見守る女性教師の像は,学制発布百年を記念して岩手県小・中学校校長会が合同で,1974年(昭和49年)3月に建立したもの。岩手の教育を象徴し,教育の重要性を広く訴える像です。小野寺玉峰作。
トーテムポール(平成7年5月)
岩手公園のトーテムポール カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリアと盛岡市の姉妹都市10周年を記念して,1995年(平成7年)5月にビクトリア市より寄贈されたものです。
 一番上のイーグル(鷲)は力・地位・富を象徴する地位の地位の高い紋章。
 鷲のつかんでいるのは鮭で環太平洋地域の重要な食料源であるこの魚をたたえています。
 手を前に差し出す真ん中の像は酋長を表現。
 太平洋の架け橋となって世界の平和を願った新渡戸博士の志を表現するために選ばれた像です。
 一番下にある像は熊の紋章で,偉大な力を持つ熊は高い地位の象徴です。
花時計
 東北銀行20周年記念事業の一貫として1970年(昭和45年)11月に整備されました。直径の花時計は,春にはパンジー,夏にはインパチェンスやベコニア,秋には菊,冬には葉牡丹と年4・5回植え替えられ,四季を通じて市民の目を楽しませています。
瀬川正三郎像
 1917年(大正6年),京都武専を出たばかりの瀬川氏は,柔道師として盛岡中学に迎えられ,その若さと情熱,豪快な気質は生徒たちに大きな影響を与えました。盛岡中学をやめた後も,県のスポーツ振興につくしました。1975年(昭和50年)11月建立。舟越保武作。
世界アルペンメモリアルモニュメント
 1993年(平成5年)に雫石で行われた世界アルペン選手権大会盛岡雫石大会開催を記念して,同大会の表彰会場となった岩手公園にモニュメントを設けました。
 このモニュメントにはメダリスト達の手形がはめ込まれています。
教育記念像
 1942年(昭和17年)に下閉伊郡荒川国民学校で水泳中,おぼれかかった教え子を救助しようとして殉職した小国テル子訓導の鎮魂の碑文がはめ込まれています。1955年(昭和30年)12月建立。堀江赳作。
日本の都市公園100選碑
 1989年(平成元年)に「日本の都市公園100選」(社団法人日本公園緑地協会)に選定されたことの記念碑です。
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EVENT  イベントガイド
桜まつり
 毎年4月下旬に開催。200本あまりの桜が咲きます。
もりおか環境緑化まつり
 毎年4月下旬に開催。花苗特売,花苗プレゼントなどをおこないます。
盛岡さつき祭展示会(6月中旬)
 毎年6月中旬に開催。盛岡さつき祭実行委員会主催。
石垣ライトアップ
 毎年12月下旬から翌年の2月下旬頃まで実施。雪景色が美しい石垣をライトアップします。盛岡商工会議所主催。
夢あかり
 毎年12月下旬に開催。盛岡城跡公園の広場に灯籠が並べられ幻想的な景観を創り出します。いわて夢あかり協議会主催。
  
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■施設案内
トイレ 4カ所(身障者用トイレ 1カ所)
公衆電話 1カ所
岩手公園地下駐車場 ・所在:盛岡市内丸1-55
・営業時間(入庫出庫可能時間):7時から20時まで(年中無休)
・駐車料金
区分 駐車時間・区分 駐車料金
普通料金 8時00分から18時00分まで  駐車時間30分までごとに150円
普通料金 18時00分から22時00分まで 駐車時間1時間までごとに150円
普通料金 22時00分から翌日8時00分まで  駐車時間1時間までごとに80円
定期駐車券 全日 0時00分から24時00分まで 1月2万1000円
定期駐車券 昼間 8時00分から19時00分まで 1月1万5千円
定期駐車券 夜間 18時00分から翌日8時00分まで 1月9千円
回数駐車券券 150円11回券 1500円
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■自然環境
代表的な樹種はケヤキ,トチノキ
盛岡固有の樹種,地方色の濃いものなど珍しい樹種としては,シダレカツラ,ケンポウナシ,センノキ,エゾユズリハ,チョウセンゴヨウ,ザイフリボク,キハダ,モクゲンジ,クマノミズキ,ヒトツバタゴなどがあげらる。
城跡に調和するように常緑樹の種類は比較的少なく選定され,アセビ,リュウキュウツツジなど20種類がある。
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■周辺スポット
中津川
 盛岡を象徴する川である中津川は,市内中央部を南西に流れる北上川の支流で,延長約22.8キロメートル。
 夏はアユが釣れ,秋にはサケが遡上する川として親しまれています。
上の橋
 1597年(慶長2年)南部27代利直の時に,盛岡城下を建設した際に,発展の第一歩として,市の中心を流れる中津川に架けられた橋です。
 京都三条大橋を彷彿とさせる青銅製の擬宝珠は,城下町盛岡のシンボルで,1609年(慶長14年)の銘があるものが8個,慶長10年の銘があるものが10個あり,これだけ数多く残っているのは珍しく,国の重要美術品になっています。
宮沢賢治歌碑(下の橋のたもと)
 当時,賢治は川べり近くに住んでいました。
 「ちゃんがちゃんが馬コ」の詩は,朝にチャグチャグ馬コが通り過ぎるときの様子を描いています。
新渡戸緑地
 新渡戸稲造生誕の地を緑地として整備しています。
 新渡戸稲造は国際連盟事務次長までつとめ,各国の政治家,思想家,学者らと交流し「われ太平洋の架け橋とならん」という理念に基づいて,諸外国の日本理解のために尽力しました。
御田屋(おたや)清水
 盛岡ではかつて,町のあちこちで清水が湧いていました。
 都市化と共に消えていく湧き水ですが,ここは街の中心部でも湧き続けており,自由に飲むことができます。
石割桜
 現在の盛岡地方裁判所は,南部藩の家老北家の屋敷跡に建てられています。その庭のサクラは,周囲23メートルの巨大な花崗岩を二つに割って成長したエドヒガン。
 樹齢は300年とも400年ともいわれています。
 根回り4.3メートル,樹高10メートルで,4月下旬市内で真っ先に花を付けます。
 国指定天然記念物。
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盛岡市都市整備部公園みどり課
電話:019-639-9057
問合せ先:kouen@city.morioka.iwate.jp
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