当所は,江戸時代に南部家の分家,北氏の邸宅があったところといわれています。邸宅が作られたのは,盛岡城下完成期直後(約360年前)と考えられ,サクラは岩の割れ目に自然に生えたもののようです。
1876年(明治9年),明治天皇の東北巡幸の際,県庁吏員田代俊二が,このサクラを岩と共に「桜雲石」と命名して陛下に御覧にいれ,それから有名になったといわれています。
大きさは1995年の測定で,岩上の根元周囲が4.3メートル,枝張りが東8.8メートル,西8.4メートル,南5.5メートル,北7.3メートル,樹高が10.8メートルあり,推定樹齢約350年の,エドヒガンです。別名アズマヒガン又はタチヒガンといわれ,花色からシロヒガンといわれることもあります。エドヒガンは,元来本州・四国・九州に野生し,岩手県が北限の自生地帯にあたります。エドヒガンは,サクラの中で最も長命で樹齢500年以上のものも知られています。
1932年(昭和7年)に裁判所火災の際,枝の一部が焼けましたが,被害の拡大もなく回復し,現在に至っています。 |