[ 本文へ ]

  • 文字サイズの変更
  • 大きくする
  • 元に戻す
  • 色の変更
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4

  • トップページ
  • 生活情報
  • 観光・ブランド
  • イベント・講座カレンダー
  • 市政情報
  • 事業者の皆さんへ

現在位置 : トップページ市政情報盛岡市ガイドもりおかの歴史盛岡の先人たち › 第1回:金田一京助(きんだいちきょうすけ)


ここから本文です。

第1回:金田一京助(きんだいちきょうすけ)

更新日 2011年12月9日

金田一京助(1882年~1971年)

アイヌ・ユーカラに生きて

金田一京助の写真

金田一京助は1882年(明治15年)5月5日,南岩手郡仁王村四ッ家町(現:盛岡市本町通)にて金田一久米之助,ヤスの長男として生まれた。盛岡中学時代には花明(かめい)と号して短歌を詠み,与謝野鉄幹(てっかん)主催の『明星』の同人となる。石川啄木とは盛岡高等小学校(現下橋中学校)以来の友人であり,啄木の死まで親交が続いた。
東京帝国大学時代,師の上田万年(うえだかずとし)に“アイヌは日本にしか住んでいないのだから,アイヌ語研究は世界に対する日本の学者の責任なのだ。それをやる人がいないということは…”と言われ,アイヌ語に興味を持つ。のちに北海道へ行き現地を調査,アイヌ民族に伝わる叙事詩(じょじし)ユーカラの存在に注目する。卒業後もアイヌの人々と交流しながら研究を続け,國學院(こくがくいん)大学教授,東京帝国大学教授を歴任,埋もれていたアイヌ叙事詩の存在を明らかにした。
戦後には国語審議会委員として現代かなづかい制定に貢献,昭和29年(1954年)には岩手県出身者としては2人目となる文化勲章を受章した。また多くの辞書や教科書の編・監修者としても知られている。

掲載日:2004年10月7日

このページに関するお問い合わせ

教育委員会 歴史文化課
〒020-0835 盛岡市津志田14-37-2 盛岡市都南総合分庁舎3階
電話番号:019-639-9067 ファクス番号:019-639-9047
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。


このページの上へ