志波城の歴史 概要

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広報ID1009501  更新日 令和3年9月21日 印刷 

国指定史跡 志波城跡

志波城跡全景
上空からみた志波城跡
  • 所在地:岩手県盛岡市下太田方八丁ほか
  • 指定年月日:昭和59年(1984年)9月14日
  • 指定面積:63万5977.64平方メートル
  • 公有化:昭和61年(1986年)から
  • 復元整備:平成5年(1993年)から

東北の城柵と志波城

城柵(じょうさく)とは、奈良時代から平安時代にかけて、当時エミシと呼ばれていた東北地方の人々を朝廷が統治するために設置された、行政府(役所)です。
志波城(しわじょう)は、古代陸奥国(むつのくに)最北端・最大級の城柵として、坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)により、803年(延暦22年)に造営されました。
しかし造営後約10年で、雫石川の水害を理由に、その役割を徳丹城(とくたんじょう)に移しました。
志波城跡は東北の古代史上重要な歴史遺産として、国の史跡に指定されています。

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