第7回:小野清一郎(おのせいいちろう)

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広報ID1009534  更新日 平成30年12月10日 印刷 

小野清一郎(1891年~1986年)

刑法学者・文化勲章受章者

小野清一郎(おのせいいちろう)の写真

小野清一郎は1891年(明治24年)1月10日、盛岡市仁王日影門外小路にて小野房二郎の長男として生まれた。盛岡中学校(現:盛岡第一高等学校)在学中より秀才の誉れも高く、第一高等学校(現:東京大学教養学部)に首席で入学している。このころに刑法を志し、東京帝国大学在学中に刑法学者牧野英一に私淑(ししゅく)した。
1922年(大正12年)、小野は東京帝国大学教授となる。小野の唱えた客観主義的刑法論は、恩師である牧野の主観主義的刑法論と対立した。その学説の中で小野は、自身の仏教に対する信仰も含め、日本の歴史・風土・民族に根ざした学問の樹立を志している。また実務上における刑法も重視し、刑事訴訟学や刑事学などの当時未開だった分野に目を向け、実務者と学者を結びつけるための刑事判例研究会などを主宰した。
1956年(昭和31年)に法務省は、1907年(明治40年)の制定以来大きく変わっていなかった刑法を改正すべく、小野を特別顧問として刑法改正準備会を組織する。1963年(昭和38年)、同会は小野を中心とした法制審議会刑事法特別部会へと移行し、それから約11年間討議を重ね、1974年(昭和49年)に改正刑法草案を答申する。この案は倫理主義的、重罰主義的な傾向が強く立法化には至らなかったが、刑法についての新たなる討議の場を提供した。
これらの功績により、1972年(昭和47年)には岩手県出身者として3人目の文化勲章を受章している。

掲載日:平成17年1月10日

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