上田三小路(うえださんこうじ)
広報ID1009412 更新日 平成28年8月21日 印刷
上田三小路(うえださんこうじ)
上田三小路は、江戸時代、中下級の武家屋敷が集まっていた上田小路、与力小路、上田新小路の3つの町を総称したもの。
上田小路は、梨木町から上田への登り口に尼寺高源寺(こうげんじ)があったことから、当初は上田門前町と呼ばれていた。高源寺には、近世初頭に藩重臣の北秀愛(ひでちか)亡き後の奥方が尼となって入山、高源寺殿と呼ばれた。また、この寺の前の坂を高源寺坂とか、訛って「こうらひ」坂とも呼ぶようになった。
与力小路は、元和元年(1615年)の屋敷割で足軽町になり、上田新小路は、嘉永5年(1852年)に、城下の諸士屋敷が不足していた時にできた侍町である。この地は、明治35年(1902年)、盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)が創立された際、学校構内に編入された。ここで宮沢賢治も勉学に励み、植物園の樹木は、武家屋敷の庭園のたたずまいを伝え、石川啄木の妻節子生誕の地も構内にある。
「岩大農学部通用門」付近
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