大沢川原小路(おおさわかわらこうじ)

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広報ID1009417  更新日 平成28年8月21日 印刷 

大沢川原小路(おおさわかわらこうじ)

大沢川原の地名は古くからあり、藩主がしばしば鷹狩りをした時代もあった。

江戸前期までは北上川の本流が現在の開運橋通・大通・産業会館前を流れ、洪水の被害に度々見舞われた。

延宝元年(1673年)に北上川を切り替える大工事に着手、材木町裏から中津川河口を経て、新山舟橋の辺りまで、約21町(約2300メートル)の間に高さ5間(約9メートル)の土手を築いた。中津川の河口以北を新土手と呼び、文化年間に新築地(しんちくち)と改めた。この新土手ができてから20年経っても、荒涼たる川原であったことから、大沢川原の名が一般的になった。なお、中津川の河口以南の土手は杉土手といった。

元禄9年(1696年)、新屋敷を希望する諸士にこの地を与え、町割をして生まれたのが、表大沢川原小路と裏大沢川原小路である。両町は明治初年に合併して大沢川原小路となった。

旧北上川の西北河岸に盛岡城で使う菜園があり、御菜園前や御菜園御門前川原という地名もあった。

「下の橋」付近

昭和54年(1979年)の写真
昭和54年(1979年)
平成21年(2009年)の写真
平成21年(2009年)

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