第108回:宮澤賢治(みやざわけんじ)

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広報ID1009637  更新日 平成30年12月14日 印刷 

宮澤賢治(1896年~1933年)

盛岡ゆかりの詩人・童話作家

宮澤賢治(みやざわけんじ)の写真

宮澤賢治は1896年(明治29年)8月27日、稗貫郡里川口村(現:花巻市豊沢町)にて古着商を営む宮澤政次郎、イチの長男として生まれた。宮澤家は代々浄土真宗の門徒であり、父政次郎も信仰心が厚く、花巻郊外の大沢温泉で行われた夏季仏教講習会の運営なども手がけた。
1909年(明治42年)4月、賢治は親元を離れて盛岡中学校(現:盛岡第一高等学校)に入学する。この間仏教や文学に親しみ、願教寺住職の島地大等が行った仏教講話を聴く。1915年(大正4年)4月、盛岡高等農林学校(現:岩手大学農学部)に入学、成績優秀な賢治は関豊太郎教授に目をかけられ、地質や土壌についての教えを受けた。また保阪嘉内らと雑誌「アザリア」を創刊、休みの日には泊りがけで山野を歩くなど、学業以外でも活発に活動した。卒業後、賢治は日蓮宗団体の国柱会での活動をへて、稗貫農学校(現:花巻農業高等学校)教諭、東北砕石工場技師となる。また1926年(大正15年)には農民指導を実践するために羅須地人(らすちじん)協会を設立、自身も農民として5年間ほど生活した。
賢治は37年間の生涯で多くの短歌や詩、童話などの作品を遺しており、その独自の世界観から今も多くの人々に親しまれている。しかし生きている間に刊行された著作は、詩集『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』の2冊だけであった。

掲載日:平成21年3月25日

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