第74回:照井栄三(てるいえいぞう)

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広報ID1009602  更新日 平成30年12月12日 印刷 

照井栄三(1888年~1945年)

声楽家・詩朗読の創始者

照井栄三(1888年~1945年)の写真

照井栄三は1888年(明治21年)6月5日、盛岡市江差小路にて照井徳太郎、りき子の次男として生まれた。盛岡高等小学校(現:下橋中学校)を卒業した照井は盛岡郵便局に勤務するも、“アメリカに渡って一旗挙げたいもんだと寝ても起きてもそればかり考えていたものです”と述懐するようにその準備に明け暮れ、1907年(明治40年)に渡米する。
渡米後様々な職につきながら暮らしていた照井は声楽に出会い、1919年(大正8年)に渡仏する。2年間バリトン歌手の元で声楽を学んだ照井は帰国、大阪を中心に活動した。
帰国後、照井は自由で透明度の高いフランス歌曲を紹介する。照井の声は当初こそ盛岡訛りが強く、怒りを表すのに怒声となったりしたが、徐々に洗練されデリケートな表現を持つに至った。またそのころほとんど行われていなかった現代詩の朗読をラジオの電波上で行い、その普及に努めた。このことについて高村光太郎は“昭和9年に、照井君はどう説きつけたか知らないが、はじめて私の詩を五六篇一度にRKから放送した。これが当時の新しい詩の朗読放送の最初だった。”と書いている。
照井は1942年(昭和17年)に出版した著書『国民詩と朗読法』の中で、国民詩とは“日本国民精神昂揚の詩的表現でなければならない。”と書き、優れた詩人として高村光太郎や草野心平とともに宮澤賢治を挙げている。

掲載日:平成19年10月25日

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