第91回:池田龍甫(いけだりゅうほ)

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広報ID1009619  更新日 平成30年12月12日 印刷 

池田龍甫(1885年~1974年)

岩手の日本画の指導者

池田龍甫(いけだりゅうほ)の写真

池田龍甫(本名:桃太郎)は1885年(明治18年)7月4日、南岩手郡志家村紺屋町(現:盛岡市紺屋町)にて大工を営んでいた池田吉太郎、スマの4男として生まれた。父の影響のために幼いころから絵を好み、盛岡にいるころに川口月村の弟子の吉田雪村に手ほどきを受けた。
上京後は秋田の画人寺崎広業(てらさきこうぎょう)の主宰する天籟画塾(てんらいがじゅく)に入り師事した。ここで腕を磨き、1910年(明治43年)9月、東京美術学校(現:東京藝術大学)の欠員募集に応募し入学、苦学の末に1915年(大正4年)に卒業した。在学中の4年生のときに出展した「萌ゆる日」が文部省展覧会に入選、“在学中の入選は池田が初めて”と一躍着目を浴びた。以後文展や帝展に出品を重ね、通算で10回の入選を果たしている。1944年(昭和19年)には戦火を逃れるため帰盛し、1948年(昭和23年)に開校した県立美術工芸学校の設立に尽力した。開校後は同校の教授として、のちには岩手大学特設美術科講師として長く郷土の後進の育成にあたっている。
龍甫は本県最後の本格的な日本画家と呼ばれた。そのため晩年には、“今の日本画の絵具は墨のにおいが強い。また絹は化繊が混じっていて水をはじく。”と、画材の質の低下を嘆いている。

掲載日:平成20年7月10日

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