第81回:加藤健(かとうけん)

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広報ID1009609  更新日 平成30年12月12日 印刷 

加藤健(1908年~1945年)

盛岡をうたった抒情詩人

加藤健(かとうけん)の写真

加藤健(本名:健一)は1908年(明治41年)2月5日、盛岡市油町(現:本町通一丁目)にて医師加藤健之助、イマの長男として生まれた。盛岡中学校(現:盛岡第一高等学校)をへて、1925年(大正14年)に日本大学専門部医学科へ入学したが病気のため退学、昭和医学専門学校(現:昭和大学)に入り直し、1934年(昭和9年)に卒業した。
前述の病臥中、美術や音楽、文学などに関心を持った加藤はそのころから詩作を始めた。1930年(昭和5年)、上京した加藤は詩洋社を主宰していた前田鉄之助を訪問、以後加藤の死まで師弟の交わりを結ぶ。1931年(昭和6年)5月に刊行した第一詩集『詩集』を皮切に全部で12冊に及ぶ詩集を残しているが、そのうち5冊は藤田嗣治、1冊は深沢紅子が装丁を手がけた。藤田は加藤の詩を“ピカソの絵のようだ”と評している。加藤は医師として働きながら詩作に励んだが、その間に何度か生死の境をさまよう重病の床についた。そして1945年(昭和20年)1月10日、数え年38歳の若さで亡くなった。
師である前田鉄之助は加藤健についてこう書いている。“此の異色ある英才は盛岡が出したどの天才にも似て居らず(中略)加藤君の天才は啄木の様に華やかに発散したものでなく飽く迄も沈潜的に自己を磨き上げたものであるところに私の心からの満足感がある。”

掲載日:平成20年2月10日

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