第92回:中村儀三郎(なかむらぎさぶろう)

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広報ID1009620  更新日 平成30年12月12日 印刷 

中村儀三郎(1893年~1934年)

実験物理学者

中村儀三郎(なかむらぎさぶろう)の写真

中村儀三郎は1893年(明治26年)7月19日、盛岡市川原町にて雑貨商を営む中村儀平、コトの3男として生まれた。盛岡尋常高等小学校(現:下橋中学校)をへて、1907年(明治40年)に盛岡中学校(現:盛岡第一高等学校)に入学した。同級生には阿部千一、瀬川正三郎らがいる。
盛岡中学校を卒業後、京都の第三高等学校、京都帝国大学理学部をへて同大学大学院へ進み、日本の光学の草分けとも言える木村正路教授の指導を受けた。のちには同校の助教授となり、学生時代の湯川秀樹の物理実験の指導をしている。1928年(昭和3年)にドイツのイエナ大学に留学、この時、多くの物理学者がその中途で挫折した「リチウムハイドライトの吸収スペクトル」の研究を完成させ、ドイツ物理学会で高い評価を得た。しかし研究の無理がたたり、その後1年弱も療養生活をおくることとなる。1930年(昭和5年)には、新設された北海道帝国大学理学部教授として札幌に赴任する。ここで本格的に研究に執りかかろうとした矢先の1934年(昭和9年)3月19日、肋膜炎を再発し不帰の客となった。
実験物理学者としての中村は厳正であり、その研究も精力的だった。しかし、周囲は行き過ぎないかと心配しており、教え子の一人は“先生のあまりにも御熱心な研究活動と、公務に対する責任感が(略)ついには取りかえしがつかなくなったのではないか”と後述している。

掲載日:平成20年7月25日

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