第94回:新渡戸仙岳(にとべせんがく)

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広報ID1009622  更新日 平成30年12月12日 印刷 

新渡戸仙岳(1858年~1949年)

郷土史家・書家

新渡戸仙岳(にとべせんがく)の写真

新渡戸仙岳は1858年(安政5年)8月29日、盛岡馬町にて峯寿院(ほうじゅいん)住職新渡戸秀翰(しゅうかん)、リキの長男として生まれた。曽祖父の新渡戸姫岳(きがく)は与謝蕪村(よさぶそん)に俳諧を学び、諸国を漫遊している。
東北経済史学者森嘉兵衛は仙岳について、“先生の生涯を強いて二期に分けることが許されるならば、その前半は教育者であり、その後半は史家であったと云う事が出来るであろう”と書いている。
幼くして藩校作人館で学んだ仙岳は、新設された公立盛岡師範学校をへて初等教育者として歩む。1887年(明治20年)4月には弱冠30歳にして気仙郡立高等小学校校長となり、以後は盛岡高等小学校(現:下橋中学校)校長、盛岡高等女学校(現:盛岡第二高等学校)校長を歴任する。ちなみに盛岡高等小学校時代の教え子には、米内光政や金田一京助、石川啄木らがいた。教職を辞したのちは岩手日報主筆となり、啄木が寄せた記事を掲載している。その後、岩手県史編纂委員長、南部藩史編纂委員、史跡名勝天然記念物調査委員などを歴任、郷土史史料の収集にあたり、本県郷土史の生き字引として名を残した。仙岳が収集した膨大な史料のほとんどは、新渡戸文庫として岩手県立図書館に収蔵されている。
仙岳は隆光、非佛、宏堂、篷雨(ほうう)などと号した書家及び俳人としても知られ、辞世として下記の句を残している。
秋高し 瓔珞(ようらく)ゆらぎ ポプラの葉

掲載日:平成20年8月25日

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