第93回:高橋純一(たかはしじゅんいち)

ツイッターでツイート
フェイスブックでシェア

広報ID1009621  更新日 平成30年12月12日 印刷 

高橋純一(1887年~1959年)

地質学者・初代信州大学学長

高橋純一(たかはしじゅんいち)の写真

高橋純一は1887年(明治20年)8月2日、南岩手郡仁王村(現:盛岡市)にてカトリックの伝道師をしていた高橋恵珉(けいみん)、ヱキの3男として生まれた。母もクリスチャンであり、幼いころに高橋も洗礼を受けている。
福島の県立安積(あさか)中学校(現:安積(あさか)高等学校)、仙台の第二高等学校をへて、1913年(大正2年)7月、東京帝国大学理科大学地質科を卒業した。その後、県立長岡中学校(現:長岡高等学校)、県立長崎中学校で教員を勤め、1917年(大正6年)1月、金沢の第四高等学校教授となる。この時に研究が認められ、1921年(大正10年)3月、東北帝国大学助教授となり、新しく設置された石油鉱床学講座を担当した。のち2年半あまりの欧米留学をへて、1927年(昭和2年)12月に同大学教授となり、地球化学の研究、普及に努めた。また、この間に地球化学の創始者といわれるロシアの科学者ヴェルナツキーについて紹介、1933年(昭和8年)には『地球化学』を翻訳して出版している。戦後は新制となった東北大学理学部長となり、1950年(昭和25年)6月には新設された信州大学初代学長に迎えられた。
高橋は地質学に化学的なアプローチを導入し、新たな分野の形成を図った。地質学者岡田博有氏は、高橋を“日本の堆積学の苗床を作った人”と評している。

掲載日:平成20年8月10日

よりよいウェブサイトにするために、このページにどのような問題点があったかをお聞かせください。

このページに問題点はありましたか?




このページに関するお問い合わせ

教育委員会 歴史文化課
〒020-8532 盛岡市津志田14-37-2 盛岡市都南分庁舎3階
電話番号:019-639-9067 ファクス番号:019-639-9047
教育委員会 歴史文化課へのお問い合わせは専用フォームをご利用ください。