第57回:古澤林(ふるさわはやし)

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広報ID1009585  更新日 平成30年12月10日 印刷 

古澤林(1831年~1902年)

岩手リンゴの創始者

古澤林は1831年(天保2年)2月11日、岩手郡東中野村字柳下(現:盛岡市中野)にて盛岡藩士古澤長作の3男として生まれた。
日本における西洋リンゴの始まりは、江戸時代末の文久年間に福井藩主が江戸巣鴨の藩邸に植えたのが嚆矢(こうし)とされている。それまでのリンゴは和リンゴと呼ばれ、粒が小さく苦味が含まれ、食用に向くものではなかった。
古澤は上京の際に西洋リンゴを口にし、盛岡での栽培を思い立つ。1872年(明治5年)5月、リンゴの苗木16本、6種を横浜で買い求め、その苗を現在盛岡市立中野小学校校庭となっている土地に植えた。このことが、同年の横浜慶行らによる函館から購入した苗木の栽培ともに、本県における最初のリンゴ栽培となった。1876年(明治9年)の天皇御巡幸の折には、盛岡で栽培された「横浜早生(わせ)」(現在の紅魁(べにさきがけ))というリンゴが天覧に供されている。のちに古澤は自宅で苗木養成を行い、要望者に販売し、リンゴ栽培の普及に努めた。その晩年はリンゴ栽培に家産を費やしたため決して裕福ではなかったが、一日として研究を怠ることはなかったと言われている。
1879年(明治12年)11月、古澤は東京で1個25銭にてリンゴを販売した。このころの1円は現在の10万円近くの価値があり、当時のリンゴの貴重さがうかがえる。

掲載日:平成19年2月10日

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